円形舞台とドーム天井をもつ、伝統的なロシアのサーカス劇場の内観
非公式アーカイブ

ボリショイサーカスとは?

日本公演の歴史をたどる非公式アーカイブ

「ボリショイサーカス」という呼び名は、日本ではひとつの固有名詞として親しまれてきました。しかしその背景には、ロシアという国が育んできた壮大なサーカス文化と、国立機関としての長い歴史があります。ここでは、その成り立ちをたどります。

名称の由来 ― 「偉大なサーカス」

「ボリショイ(Большой)」はロシア語で「大きい」「偉大な」を表す形容詞で、同じ語はモスクワのボリショイ劇場(バレエ・オペラの殿堂)にも使われています。「ボリショイサーカス」もまた「偉大なサーカス」を意味し、日本での公演名として1958年の初来日にあわせて名付けられたと伝えられています。名付け親は、初来日を実現させた興行師・神彰(じん あきら)とその招聘団体だったとされます。

国立機関としてのサーカス

ロシア(かつてのソビエト連邦)では、サーカスは国家が支える正式な芸術分野として位置づけられてきました。多くのサーカス団を束ねる運営組織はロシア連邦サーカス公団(ロスゴスツィルク)と呼ばれ、ロシア連邦文化省の管轄下にあります。演者は専門の教育機関で長年にわたり技を磨き、世代から世代へと芸が受け継がれてきました。国が芸術としてサーカスを育てるという発想は、日本の観客にとっても新鮮なものでした。詳しくはロシア・サーカスの伝統のページで紹介しています。

常設サーカスの文化

ロシアの各都市には、円形舞台(アリーナ)を備えた常設のサーカス劇場が数多く存在します。テントを張って各地を巡る興行だけでなく、立派な建物のなかで一年を通じて公演が行われる ― この「常設サーカス」の文化こそ、ロシアのサーカスが高い芸術性を保ってきた土台といえます。モスクワの大規模なサーカス劇場は世界的にも知られ、各国からの観客を集めてきました。

多彩な演目の総合芸術

ボリショイサーカスの舞台は、単一の芸ではなく、さまざまな分野の名手が次々と登場する総合芸術です。空中ブランコや綱渡りといった高所の妙技、地上でのアクロバットや組体操、めまぐるしいジャグリング、そして舞台の緊張をやわらげる道化師(ピエロ)の喜劇。かつては熊や虎などの動物芸も名物とされていました。個々の演目については演目と見どころで詳しく取り上げています。

日本にとってのボリショイサーカス

1958年の初来日以来、ボリショイサーカスは半世紀以上にわたって日本の夏を彩る催しであり続けました。テレビも娯楽も限られていた時代には、本場のサーカスに触れられる数少ない機会として、家族連れの特別な思い出となりました。その歩みは日本公演の歴史のページにまとめています。より広い文脈についてはボリショイサーカス(Wikipedia)も参考になります。